ライフスタイル

わたしの生きてきた道

「新しいこと好きなネガティブ」

これは、わたしをとてもよく表しているなぁと思う表現です。

難しい言葉でいうと

「HSS型HSP」

自分の特性に名前があることを知ったのはつい最近のこと。

この記事ではこれまでの私について綴っていこうと思います。

※長くなってしまったので、お時間ある方はお付き合いくださいm(_ _)m

幼少期~学生時代

2人姉妹の長女として誕生。

幼少期は、大勢の人の前に出るのは苦手だったけど(イルカショーで手を挙げるとかw)

狭ーい友達のなかではおちゃらけて、笑いを取るのがすごく好きな子どもでした。

自分が面白いことをすることで誰かが笑ってくれるのが嬉しかった。

そして、周りの様子にはすごく敏感でした。

一番古い記憶にも「怒っている人、機嫌が悪い人を見たくない」という意識があり、特に、しつけに厳しかった母方の祖母の機嫌にはすごく敏感でした。

幼いころに祖母に言われた

「あなたたちがちゃんとしていないとお母さんが笑われるんだからね」

この一言が「ちゃんとしていること」「常識がないと思われないように」に執着する大きなきっかけだったと思います。

そして小学校中学年くらいから「人と同じであること」をその常識の目安にするようになりました。(これは正常な発達過程みたいです

わたしはというと、妖怪やホラーの本が好きだったし、死んだ後はどんな感覚になるのか、そんなことばかり考えていました。

中学校では、グループやその中での立場が割とはっきりしてきて、直感的な「今この中で一番強い人」の言うことを聞いていたように思います。

機嫌が悪い人や場の空気が悪いことが苦痛で、人の言動から感情を敏感に察知し、いつも誰かの顔色をうかがっていました。

そんなことが癖になり、表向きでは完全に「他人軸」で過ごすようになりました。

このころ家にパソコンが置かれ、家で時間があればネットの世界に浸るようになりました。今思えば、現実世界のストレスから逃げるための行動だったのかもしれません。

生きる目的

唯一の欲求、というか自分の使命だと思っていたのが「看護師になること」

物心がついた頃にはもっていた夢で、看護師になることは絶対達成すべき課題だと思っていました。

人生は看護師になるまでのオプションのように捉えていたように思います。

看護師になるための道にはすごく執着していて、学校選びや内申に敏感でした。結果的に地方大学の看護学専攻に合格。

大学時代は高校までと違って、ほとんど個人行動だったので、気の合う友達や彼氏、サークルの活動と、自由に…かなり自由に^^;過ごしました。(しかしここでも、定期試験と国家試験の前は猛勉強(笑))

余談ですが、大学、おススメですよ?笑(遊びに行くところじゃない!という意見をいただきそうですが^^;)

今まで出てきませんでしたが、両親は今も昔も基本的に私たち姉妹のしたいようにさせてくれる人です。高校時代にめっちゃ高い教材を買ってもらったことも^^;

両親には感謝しかありません。(母親が、かなり制限されて育てられたため、反面教師にしているそうです)

今でも何でも話せる間柄ですが、それでも、昔は特に どこか遠慮していました。

ここでも、むかーしむかしに祖母に言われた「あなたたちがちゃんとしていないとお母さんが笑われるんだからね」が効いているのだと思います^^;

夢が叶った看護師時代

無事看護師になることができ、新卒で入った大学病院を始まりに看護師として5年間働きました。

看護師の職場は女中心のため怖そう…というイメージをもたれるかもしれませんが、

(もちろん困難なことや やりづらいなと思う場面はありましたが)私の環境はとても恵まれていたと思います。

尊敬する先輩や気の合う同期、可愛い後輩に出会えて割と楽しく過ごすことができました。

仕事に慣れてきたら、いろんな勉強会に行って知識を増やすのがとても楽しかったし、後輩教育もとても楽しい仕事でした。後々は専門看護師の勉強もしたかったし、継続的に後輩教育に携わりたいと思っていました。

ここで現在の夫である彼ができ、一度実家に帰らなくてはいけなくなったので大学病院を退職したのですが、これはかなりしんどい決断でした。

その後もほかの病院を経験し、第一子の妊娠・引っ越しをきっかけに完全に退職をしました。

【余談】いくつかの病院を経験し、病院の規模や特徴によって経験できることが違うことを実感しました。あくまでわたしの考えですが、新卒の人、色々な症例に当たったり、勉強を深めたい人にはやっぱり大学病院がおすすめです。

最近は働き方も多様になり、後々にはフットワーク軽く高齢者看護・支援に携われたらいいなぁと思っています^^

産後のマタニティブルー期を経て、自分の生まれてきた目的を考える

子どもを授かったことは、まさに自分に目覚める人生の転機でした。

産後1か月は家族の何気ない言動に敏感に反応し目を腫らす毎日でした。(日頃のホルモンバランスに本当に感謝です。

そして、2か月、3か月…と日中子どもと2人きりの生活を過ごす中で

苦しい…。子どもはめちゃめちゃ可愛い。でも、表しようのない感覚に襲われました。

交友関係も多くなかったため、よく耳にしていた「産後に陥る社会から切り離された感覚」はわたしには無関係だと思っていたので、ショックを受けました。

幸いなことに、当時夫はシフト勤務で、わたしの状態に対する理解もあり、子どもをみて一人になる時間をよくくれました。

そこで、近くにあったアロマテラピー教室や、娘との時間から興味を持った絵本の講座に通うようになったことで、心からの「ワクワク」を感じるようになりました。

「わたしは、本当は色々なことを知りたいし、どんどん新しい世界を見たいと思っている」

その頃、メンターとなる人物との再会で

自分が数秘33という性質を持っていることを知り、過去の自分や自分の性質にあまりにも当てはまっており、スピリチュアル的な…目に見えない世界のことに興味を持ち始めたのです。

「そもそも人と合うわけなかった」

今まで自分を押さえつけていたものが ふっと 軽くなったような気がしました。

娘がこの世に生まれてきてくれたこと。それだけで十分幸せなことなのですが「人生は素晴らしい」それに気づくきっかけをくれた娘には感謝しかありません。

娘には「あなたの生まれた世界はこんなに素敵だということ、世界は自分で創れる」ということを伝えていきたいと思っています^^

長々と、お読みいただきありがとうございました。

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